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今天我要向大家分享一則都市傳說:傘村トータ經手過的VOCALOID都會變成活人(?)。

好吧不開玩笑。最近因為「あなたの夜が明けるまで」被譽為「幾乎是本家」的
翻唱而去找了本家。結果發現比起翻唱還原了本家的唱法,更讓人驚訝的是軟體的抑揚頓挫異常貼近人聲。

歌詞擊中了內心最敏感的角落不說,電子音的換氣和轉音呈現出的情感波動幾乎是真正的人了,這是什麼恐怖的神調教w

這次想介紹的的是「15歲的主張」
為首的三部曲中的「18歲的責任」。

雖然也很喜歡「15歲的主張」,但因為該曲忠實呈現了該年齡的心境,流於青澀有點自我意識過剩的感覺,「22歲的反抗」則太迫近現實。18歲剛好是一個折衷點。

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「18歳の責任」歌詞翻譯

作詞・作曲・調教・動画:傘村トータ
歌:GUMI (vocaloid)

これから私が生きていく道が
今後我將活下去的道路
正しいのかどうか分かりません
是否正確還尚且不明

そもそも正しいってなんだ
話說回來正確又是什麼呢
分からないけれど
儘管還不明白
人生が笑って終われたらいいのかな
只要能笑著過完一生就好了嗎
 

自分だけで決めた道でないにせよ
即使不是只由自己決定的道路
自分で選んだこの結論ではある
也已經是我自己抉擇的結論
私の人生は私だけのものじゃない
我的人生並非只屬於我
もうわかる 今ぐっと重く感じています
已經明白的 現在我確實地感到了那份重荷

自己責任と言われつつ
雖說要自我承擔
まだ責任なんて本当に取ったことはない
事實上還未真正負過責任
守られてここまできた
一路被守護著來到這裡
ありがとう と言うのはまず 今でしょう
要表達謝意的話 應該從此刻開始吧


悔しいことなどない
並沒有絲毫後悔
あっても口にはしない
即使有也不打算說出口
強がりでしょうか、ええきっと そうでしょう
這算是逞強嗎 是了 肯定是這樣吧
怖いからと震えていた私は置いてきた
將因為恐懼而顫抖的我拋在身後
これからは私が私を守る
今後將由我來守護我自己


これまで私が生きてきた道が
至今我活過來的道路
正しかったなんてはっきりとは言えない
還無法明確斷言是正確的
でも分かってきたのは
但是漸漸明白的是
みんなこうやって 
大家也都是如此
こうやって大人になるんだね
如此長大成人的吧


私は本当に成長しているのか
我真的有所成長了嗎
疑問を持たないわけがなかった
不可能沒有任何疑問
一人で成し遂げたことなど 何もない
一個人能獨自實現的事並不存在
いやあった  きっとあった 
不 有的 一定有的
絶対あった
絕對有的


旅立ちなんてそんな 綺麗なものじゃない
並非啟程那麼美麗的概念
これは余りある懺悔と決意で沈みそうな舟だ
這是艘由於過分的懺悔和決心而險要下沉的小舟
怖いからと震えるから置いてきたはずの私は
因為只會恐懼顫抖而已被拋在身後的我
何故か隣に今もいる
為什麼現在卻仍在身邊呢


神様が間違って 私は生まれたのかなって
「神明是不是搞錯了什麼才讓我來到這世間」
考えて泣いたときもあった
這麼想著而哭出來的時候也是有過的
でも今なら 今ならわかる
但是現在的話  現在的話我已明白
私の存在を私に肯定させる 
我自身的存在必須由我自己來肯定
それが責任
那就是責任


15歳の私が 私を見ている
十五歲時的我 正看著現在的我
あなたのせいじゃない まだ、そのときは
不是你的錯 那時尚且是如此
私の背中はどう見えてますか
我的背影看起來是怎樣的呢
闘ってたあなたに呆れられないといいな
希望不會讓奮鬥過的你失望啊
「15歳の私」(あなた)の人生はこれから本当に
十五歲的我(你)的人生 從今以後就真的是
私の人生です
我的人生了

***
一方面怨嘆「為什麼我沒有在十八歲時遇到這首歌呢?」,一方面也慶幸,正因是歷經過十八歲的現在才能深刻的體會這首歌。

比起單純「被理解了」喜極而泣,超過十八歲的人聽這首歌會忍不住流下的眼淚更接近痛悔以及懷念。

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